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最初由 谜一样的水母殿 发布
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DESTINY OFFICIAL FILE 両澤千晶インタビュー
本当にホッとしているというのが正直な今の気持ちですね。前作に比べても「DESTINY」はきつかったです。「サイバーフォーミュラ」でも続編を作るという事はやりましたけども、やっぱり難しい。前と同じ物を作れば「同じじゃん」と言われるし、違う物を作れば「これは違う。見たかったのはこういうものじゃない」と言われますからね(笑)。
ストーリーを考える作業自体は楽しいものですが、今回は周囲の皆さんの思い入れもいろいろと凄くて。竹田ブロデューサーは「戦争の裏側」だし、監督は前と同じ「中学生や新しい世代が見てくれる、楽しめる30分のドラマ」だし、バンダイさんは「スカッと楽しくかっこいい戦闘シーン」だし(笑)。皆で思うところか違ったりして、それをまとめるのは大変でした。
結局、そう大きくは変えないでちょっと変える。一気に10年後とかにはしないで。「色や味を変える」と私は言っているんですが、それを狙いました。まあ今思えば、狙ったところは間違っていなかったけれど、時間的な練り込みが足りず、やりきれていないところはあったな、と思っています。
■戦うことの意味とは?
今回考えていたのは「戦っていいこと、悪いこと」「戦う意味」、それと本物とニセモノ……、ウソと真実、というところでしょうか。優しい気持ちの良いウソと、凄く嫌なイタイ真実、どっちがいいですか?といったことです。
つまりあなたの事をよく知る周囲の人が「そんなのは良くない。駄目だ」と言ったとして、よく知らないはずのカルトの教祖様やネットの中の人が「それでいいんです。大丈夫だよ」と言ったとしたとする。これ、どう判断しますか?無論、周囲の人か判ってくれてなくて、他の人やネットの中の人が理解者という事もあるでしょうけど。今は情報化社会でいろいろな価値観にすぐ触れられるから、昔より自由になった分、判断も難しいよね、と。いろんな情報もそれが正確に伝わってるのかどうか、正しいかどうかも判らない。大人もそうですが、子どもは特に「テレビで言ってた」ことはそのまま真実だと思ってしまいかねない。インターネットは子どもの世界にとって、もっと怖いものだなと思うんです。
もう一つ、今の小中学生なんかを見ていると「差がつくのはかわいそう」となっていることが多いようで、さまざまな場面で人とぶつかる機会を減らしているような気がします。運動会でも競争させない、成績も張り出さない。平等で優しい関係なんですが、それじゃ皆、だんだん人の事も自分の事も何も判らなくなって、遂に臆病になりませんか?自信を持てと言われても、それじゃどこでその自信を付けてくればいいの?と。それでは最後は「他人なんて関係ないジャン」ということになってしまう気かする。そういうのは良くないよ、もっとこうしろよ、と言う人間すらいなくなる。そういう面では戦うべきじゃないでしょうか。問題は戦う対象なのであって……。自分の弱い気持ちとかとは、戦わなけりゃいけないと思うんてすが。自由とか個性も、現状肯定の言い訳になると、辛いですよね。
遂に本当に本当の事を見ようとしない、思い込みの正義感もある。今回シンに代表させたのはそちらですね。自分を正当化する言い分ばかりを持ってきて、本当に根っこの所に立ち返ってみようとしない。それも苦しいと思うんですけど。そんなことを考えて作ったんです、シンは。
■主人公3人に託したもの
シンの言っていることは、すごく正当に聞こえるとも思います。家族を殺された恨みもあるし、MSに乗る動機も、戦う理由もしっかりある。強くなりたい気持ちも強い。でも、実は井の中の蛙ですね。戦争を止めるつもりで乗っているけれど、相手かやってきたからやり返す、向こうが悪いんだ、というように、自分を正当化する理由を、ありとあらゆるところから持ってくる。そういうところかアスランとは全然違いますね。
アスランは今回「責任」を感じているんです。お父さんがあの戦争のときの議長だったし、当初自分はそれに従って疑いも持ってなかった。これまで2年間カガリの側にいて、世界かまた不安定だという事も充分判っている。それに何もできない自分に、ジレンマも人一倍感じている。だから、デュランダルに「ここへ来て存分に働いてくれたまえ。君の力も貸してくれ」と言われたんで、決意してしまったんです。その気持ちは全くまっとうにアスランだと(笑)私は思っています。首長だのハウメアだののあるようなナチュラルの国で、コーディネイターの彼が政治に口を出すなんてできないですよ。アスランは本当は、カガリのボディガードなんていう「仕事」をやりたかったわけではないんだし。彼女に対する恩や好意は別としてね。なのでミネルバに乗ってからはもっとガンガン行くと思ったんですが、ちょっと思ったようにはなりませんでしたね。う~ん……、反省してます。アスランが判りにくくなってしまった。
それに対してキラは「最初は逃げていた。傍観を決め込んでいた」と考えています。というか、それが普通か(笑)。戦争だ!行くぞ~!って普通民間人は思いませんものね(笑)。でもキラも前の戦争か終わって戦場から帰ってきても、前と同じ暮らしはできない、日常へとけ込めない。結局、敵が身近なところまで来ている、ラクスが狙われた。そこで初めて彼は出て行きます。アスランのように大局も見て動いてはいないですね。ほんとに身近なところから戦いを始める。それがふたりの違いでしょう。
キャラクターヘの思い入れということになると、前回はキラ、今回はアスランですね。レイは最愛の子供です。でもシンもすごく好きてすね。ちょっとバカなくらい真っ直ぐで、可愛くて(笑)。ローエングリン砲台を撃つシーンで、アスランに上手く乗せられて、「ホントは自分でやりたくなかっただけじゃないのか~!」なんて喚くところは大好きでした。1話のアヴァンタイトルで、シンの家族が亡くなってしまうシーンは、やっぱり一番強く印象に残っています。
■危険で魅力的なデスティニーブラン
デスティニーブランは今回、最初から考えていたテーマです。効率よく生きる方法。とにかく最短ルートで成功したいという最近の傾向ですかね、頭にあったのは。今ノウハウ本が凄く売れますよね。「絶対成功する○○!」とか。本当はナイフで手を切ったら、次は切らないように覚えていくものだと思うんですが、ナイフを使うと手を切る可能性があるので最初からやらない、になっているというか……。失敗、挫折をなんだか最近は極端に減らそうとしているような。まだ学生のうちから「何をやれば僕は成功できるのか?」と言うのなら、デスティニープランで決めてもらった方が早いですよ、と。
最近は遺伝子研究が進んでいて、色々なものが遺伝的要素で決まっている、
と言われ始めているようですね。性格とか嗜好とか。それが全てでもないはずなのに「こうなったのも全て遺伝のせい」と言ってしまうのでは……、ねえ。
一番困ったというか、怖かったのは、デスティニーブランを「それが楽じゃ
ん。それでいいじゃん」と本当に思われたらどうしよう、ということでした(笑)。
デュランダルはまあ、初期の頃のヒトラーですかね。優しく穏やかに、君の気持ちはよく判る、だから共に明るい明日を目指そう!なんて言ってくる。肯定してくれて、欲しい答えをくれて、敵を明確に示してくれる。
ロゴスを敵にして徹底的に叩きましたが、本人がああで、凄く良い人に見えるから、それも悪く見えないんですね。本当に怖い気がします。ああいう人は(笑)。
■最終回に込めた「選択する未来」
最終回はハッピーエンドではないてすね。デュランダルを倒したことで、統制された未来に進むことは阻止できましたが、結局は振り出しです。世界は再び落ち着かなくなるわけです。デュランダルもロゴスもいないとなれば、世界は平和に落ち着くでしょうか?そうではないでしょうね、きっと。でもキラはそれも承知の上で撃とうとした。それが「僕は戦う」なんです。
最後のレイのこと、ですか?
あの場面では今ここに存在する自分、繋がってゆく生命、いわゆる青春期にはわりと誰でも一度は考える自己存在感のようなものを考えていました。記憶という過去がない、いわゆる自己存在確認のできないステラ、偽りの姿のミーア、そしてクローンのラウとレイ。アレックスのアスランも一種そうかな?これはある意味共通じゃないかなと。それがないとか、捨ててるってどういう事なんだろう。特にラウとレイは辛かったと思いますよ。あんな風に生まれたらどうすればいいんでしょうか?それを議長は「それが君の運命だ。そのクローンの命なりの意味を生きろ」と言ってきた。キラは「君は君だ。決められたものはない」と言った。議長はレイが来た時点で自分は勝ったと思ったでしょうが、レイは議長ではなく、キラがいる未来の方を望みました。タリアはレイの本当のお母さんではないけれど、ずっと見ていてレイの深い絶望のようなものは何となく判っていたと思うんです。レイは抱きしめられて言葉をかけられて、やっと浄化できたんじゃないかな。本当の最初の場所、ひどく当たり前なのにそれこそか絶対手に入らないものを、初めて知る……。というか、そうしてあげたかったんです。私はレイとラウに。
振り返ってですか?う~ん、君塚良一先生が本に書いてらっしゃった言葉で「シナリオを書くということは、キャラクターと共に、答えを探しに行く旅に出るという事だ」というのがあるんですが、いや、まさにそうだなと『SEED』『DESTINY』を通して痛感しました。
キャラクターの心を探りつつ、その心情を理解しようと考え続けて進める作業は、非常に面白く、楽しかったですが同時に、危機感も感じました。入れ込みすぎると自分自身も現実から遊離しちゃう(笑)。ライターは「信念持った上で多重人格者」ってのも君塚先生の本にはありますが(笑)。シンに入れ込んでいればキラが嫌いになるし、キラで見ればアスランがイライラする(笑)。見て下さったファンの方にも、楽しい時間であってくれたら嬉しいです。番組見てる時だけじゃなくて、それで友達と話したとか、考えたとか。議論は良い事だと思いますよ。シンが嫌とか、アスランなにやってんのとか、そんな話をする事で、その話してる友達の事が判るでしょう?そういうのは楽しい時間だと、私は思っているんですが。ただし、ただのけなし合いのケンカは良くないです(笑)。
来源:3倍