「い、今、ジョンが消えなかった? 一瞬だけど」
「……錯覚かと思いましたが、涼宮さんにも、そう見ましたか?」
「き、消えましたよぅ、たしかに。うぅ、一体何がどうなってるの?」
彼が連れてきた人達の囁き声を遠くに聞きながら、わたしは、ただ立ち尽くしてた。
彼の知っているわたしが用意していた緊急脱出プログラム。失敗だったのだろうか。
それとも、この彼は図書館の彼なのか。入れ替わった? まさか、そんなことが。
いや、彼の話は本当だと思える。ならば、その可能性は否定できないはず。
カリカリと微かな音がして、パソコンのOSが立ち上がる。
彼の肩が揺れた。
そう思った瞬間、彼の身体がゆっくりと机の上に崩れ落ち、そのまま、床に転がった。
「きゃっ!」
女子生徒の短い悲鳴を聞くと同時に、わたしの身体は勝手に動いていた。
彼の側に寄り、膝をつく。彼の身体を抱きかかえ、仰向けにして、耳を彼の口元に近づける。
少し荒い、でも規則正しい息遣い。
小さな囁くような声で、わたしの名を呼んでいるような気がした。血の気が引いていく。
こんなときは、どうすればいい? 以前、保健か何かの授業で習ったはずだ。
頭が混乱して、すぐに思い出せない。焦りが募る。
そうだ、頭を動かさないようにして、上着を緩める。そして、気道の確保。
震える指先で、彼のネクタイを緩める。うまくできない。結び目を弄っているうちに、
既に緩んでいることに気が付く。何をしているのだ、わたしは。
次。次は? そう、ブレザーをはだけ、彼のワイシャツのボタンを一つずつ外していく。
「どうなったの?」
涼宮ハルヒの声。心配そうに上から覗き込んでくる。なぜかその仕草に苛立ちを感じる。
「わからない」
そう答えて、彼の制服スボンのベルトを緩め、シャツをはだける。
なぜ、彼女は落ち着いた声なのか。なぜ、涼宮ハルヒは落ち着いていられるのか。
そんな思いがこみ上げてくる。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
次はどうすればいい?
焦りと苛立ちで、視界が暗く狭まってきているような気がする。どうすればいい?
わたしは、彼を守らなければならないのだ。なのに、わたしは彼を守れないかもしれない。
次は何をすればいいのか? 思わず、そう叫びそうになる。
そのとき、床についているわたしの膝に何かが触れ、呻き声が聞こえた。
反射的に彼を見る。彼の両腕がゆっくりと動き、そして、薄らと両目が開いた。
気が付いた。よかった。思わず、安堵の息が漏れる。
彼は、きょとんとした顔をすると、腕の動きを止め、わたしの顔と、
上から覗き込んでいる涼宮ハルヒの顔を交互に眺めた後、わたしに視線を向け、口を開いた。
「……ここは?」
「部室」